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大阪地方裁判所 昭和50年(ヨ)1259号 判決

申請人 山下恒生

右訴訟代理人弁護士 松本健男

同 西川雅偉

同 桜井健雄

同 在間秀和

被申請人 日本国有鉄道

右代表者総裁 藤井松太郎

右訴訟代理人弁護士 高野裕士

右指定代理人 丹羽照彦

〈ほか二名〉

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

(一)  申請人が被申請人の職員としての地位を有することを仮に定める。

(二)  被申請人は申請人に対し、昭和五〇年四月以降毎月末日限り金八万八〇四二円を仮に支払え。

二  被申請人

主文第一項と同旨。

第二当事者の主張

一  申請の理由

(一)  被申請人は、国が国有鉄道事業特別会計をもって経営している鉄道事業その他一切の業務を経営することを目的として設立された公法人(以下国鉄という)であり、申請人は、昭和四九年二月国鉄一般職員採用試験に合格し、同年四月一日臨時雇用員として雇用されたのち、同年五月一日準職員を、同年一一月一日正職員をそれぞれ命じられて大阪鉄道管理局管内安治川口駅の構内係として勤務しているものである。

(二)  被申請人は、同五〇年三月二七日申請人に対し、「同四六年一一月のいわゆる沖縄闘争に関連して同四八年九月二六日福岡高等裁判所那覇支部で兇器準備集合罪により刑罰を受けている事実などを偽って国鉄に入社し、更に同四九年一一月一八日東京都内におけるいわゆるフォード大統領来日反対闘争に参加して兇器準備集合罪の容疑で逮捕されたことなどは、国鉄職員としてその適格性を欠くものと認められる」との理由をもって、国鉄法二九条三号により同五〇年三月三一日付で申請人を免職する旨の意思表示(以下本件免職処分という)をするとともに、同年四月一日以降申請人に賃金(当時の平均月額は八万八〇四二円で、毎月末日払)の支払いをしない。

(三)  しかしながら、右免職処分は、申請人において国鉄法二九条三号にいう「職務に必要な適格性を欠く」と認められるような事実が何ら存在しないのに、そのような適格性を欠くとしてなされたものであるから、無効というべきである。これを詳言すれば、以下のとおりである。

(1) 経歴等の詐称の点について

(イ) 昭和四六年一一月沖縄で行われた沖縄返還協定批准反対全県ゼネスト闘争に参加したことに関連して、申請人が、同四八年三月一四日那覇地方裁判所において兇器準備集合罪により懲役一年執行猶予二年の有罪判決の言渡を受けたので、これに対し控訴したが、同年九月二六日福岡高等裁判所那覇支部において控訴棄却の判決を受け、これが確定したこと、前記採用試験を受ける際に、申請人が「賞罰なし」と記載した履歴書を被申請人に提出したことはいずれも事実であるが、申請人が履歴書にそような記載をしたのは、「賞罰」の意味をよく理解することができなかったからにすぎず、また、面接の際にそのことを述べなかったのは、特に前科の点について尋ねられることがなかったからであって、ことさらに右の事実を秘匿し、経歴を詐称したものではない。

(ロ) のみならず、仮に申請人が右前科を秘匿していたものとしても、そのような前科は、現在の申請人の職務と直接関係のない事柄であり、また、その罪名も兇器準備集合罪ではあるが、実体は、沖縄返還協定批准反対の大衆行動の場で行われたもので何ら破廉恥なものでなく、その上短期の執行猶予期間が付されて、それも昭和五〇年九月には満了するというものであるから、右の前科を秘匿していたからといって、申請人に国鉄職員の職務に必要な適格性に欠けるところがあるといえないことは明らかであり、しかも申請人は、入社以来誠実に勤務し、職場での勤務成績も非常に優秀であったのであるから、申請人について右の適格性を否定することは到底できないはずである。

(2) 昭和四九年一一月の逮捕について

更に、申請人が昭和四九年一一月、東京都内におけるフォード大統領来日反対のデモに参加して逮捕されたことも事実であるが、これは、何らの違法行為もないのになされた警察の不当な無差別逮捕に巻込まれただけのことであって、起訴されていないばかりでなく、もともと、大衆行動に参加することは国鉄の業務とは無関係のことであるから、右逮捕の事実が申請人の国鉄職員としての適格性を失わせるものでは毛頭ない。

(四)  すると、申請人は依然として被申請人の職員としての地位を有するとともに、被申請人に対し賃金請求権を有するものというべきであるから、被申請人に対し雇傭契約存在確認並びに賃金請求の本訴を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定を待っていては、賃金以外何らの生活手段を有しない労働者である申請人としては、生活上著しい損害を蒙るおそれがあるので、その損害を避けるため本件仮処分申請に及んだ。

二  被申請人の答弁及び主張

(一)  申請の理由(一)・(二)の各事実は認める。

(二)  しかしながら、申請人は本件免職処分当時、国鉄法二九条三号にいう「職務に必要な適格性」を欠いていたことは明らかというべきである。すなわち、

(1) 申請人は、昭和四六年一一月沖縄において行われた沖縄返還協定批准反対の県民総決起大会後の集団示威行進に参加した際の行為により、同四八年九月二六日福岡高等裁判所那覇支部において、兇器準備集合罪の罪名で懲役一年執行猶予二年の有罪判決を受け、これが確定して執行猶予期間中の身であったのにかかわらず、同四九年二月被申請人に採用される際に提出した履歴書の賞罰欄にその旨を記載しないでこれを秘匿し、更に面接試験の際にも右の点について質問を受けながら格別に訂正の申出をすることもなかった。

(2) しかも、右有罪判決における罪となるべき事実は、前記集会に参加した際、他の数名の者とともに火炎瓶約三〇〇本を製造したうえ、自らこれを持ち運んで投擲したというものであって、反社会性が強く、しかも反覆継続の危険性の高い行為であった。

(3) のみならず申請人は、正職員に採用されてわずか二〇日後である同四九年一一月一八日、東京都内で行われたフォード大統領来日反対の集会・デモに参加した際、公務執行妨害・兇器準備集合罪の疑いで逮捕され、同月三〇日まで勾留されたものであり、このため、申請人の勤務場所である安治川口駅では、急遽他の職員を出勤させるなどして勤務計画を変更することを余儀なくされた。

(4) このほか、申請人は、昭和四三年四月大阪市立大学商学部に入学し、同四八年六月まで在籍して退学していながら、履歴書には単に兵庫県立山崎高等学校卒業とのみ記載し、同四三年八月から同四八年一一月までは東阪建設に在籍し、倒産のため同社を退社した旨の虚偽の記載をしてその経歴を詐称した。

(5) なお、被申請人は、その高度の公共性に鑑み、職員管理規程において「禁こ以上の刑に処せられた者で、執行を終り、又は執行を受けることがなくなってから三年を経過しない者」は「準職員又は職員として雇用し、又は採用することができない。」(七条)旨を定めているのであって、申請人の前科が当初から判明しておれば、欠格事由ある者として、申請人が被申請人に雇用されるようなことは決してなかったはずである。

以上のように申請人は、極めて反社会性の強い犯罪行為に及んで有罪判決を受け、現に執行猶予期間中であるのにこれを秘匿し、かつ、その学歴・職歴をも偽って入社したものであるが、このような重要な事項について偽り、秘匿したこと自体、雇傭契約上の信頼関係を破るものであって、そのことからだけでも職員としての適格性を欠くものというべきであるばかりでなく、その秘匿にかかる前歴は、前記のごとく欠格条項に該当するものであるから、仮にこれを秘匿して採用されても、職員としての適格性を欠くことは明らかである。のみならず申請人は、正職員に登用されて後二〇日足らずで右の前歴に同様の罪の容疑で逮捕勾留されており、このことは申請人が反社会的な行為を反覆継続する性向を有することを示すものというべきであって、これらの事情を総合するならば、申請人が国鉄法二九条三号に規定する「職務に必要な適格性を欠く」ことは極めて明白であるから、同条項に基いてなされた本件免職処分は有効である。

三  被申請人の主張に対する申請人の反論

申請人が大学中退であったのに、履歴書に単に高校卒とのみ記載したことは争わないが、申請人は、高校のいわゆる過年度卒業者(高校卒業後一定の期間国鉄職員以外の職務に従事していたか、または、その期間全く仕事に従事していなかった者)として採用されたものであるから、申請人が大学中退か否かは、その労働力の評価に関する限り、問題とする余地のない事柄である。

また職歴の点についても、申請人は、実在する東阪建設に現実に勤務していたことがあるのであり、ただその勤務期間が若干履歴書に記載したところと異なっていたにすぎず、しかも、この勤務期間の長短たるや、申請人が国鉄において東阪建設におけるのと同種の職務に従事するのであれば格別、その職務が異なる以上、労働力の評価に関して問題とならない事項であるから、それらの点について履歴書の記載と実際との間に右のような齟齬があったからといって、その故に申請人の国鉄職員としての適格性が否定されるべき筋合はない。

第三疎明≪省略≫

理由

一  申請の理由(一)・(二)の事実はいずれも当事者間に争いのないところ、申請人は、本件免職処分は、申請人において国鉄職員としての職務に必要な適格性を何ら欠如していないのにかかわらず、これを欠くとして国鉄法二九条三号を適用してなされたものであるから無効であると主張するので、以下右処分の効力について検討することとする。

一般に、国鉄法二九条三号にいう「職務に必要な適格性を欠く場合」とは、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因して、その職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合をいうものと解される(最高裁判所昭和四三年(行ツ)第九五号、同四八年九月一四日第二小法廷判決、民集二七巻八号九二五頁参照)けれども、被申請人が、従前国においてその行政機関を通じて直接に経営してきた鉄道事業を中心とする事業をそのまま引き継いで経営し、その能率的な運営によりこれを発展させ、もって公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であり(国鉄法一条、二条)、その資本金は全額政府の出資にかかり(同法五条)、事業規模も全国的かつ広範囲にわたるなど、極めて高度の公共性を有し、公共の利益と密接な関連を有するため、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されている企業体である(最高裁判所昭和四五年(オ)第一一九六号、同四九年二月二八日第一小法廷判決、民集二八巻一号六六頁参照)ことに鑑みれば、そのような廉潔性が要請ないし期待される企業体の職員としての適格性は、単に精神的肉体的な原因に基いてその職務の専門的技術的処理能力を欠く場合だけでなく、国鉄に対する社会からの廉潔性の要請ないし期待を損うおそれのあるような反社会的事由の存する場合にも、これを欠如するものと認めざるを得ないのであって、被申請人がその職員管理規程(昭和三九・四・一総裁達一五七)七条二号において、「禁こ以上の刑に処せられた者で、執行を終り、又は執行を受けることがなくなってから三年を経過しないもの」は「準職員又は職員として雇用し、又は採用することができない。」旨定めているのも、右のような事情が、前記のごとき廉潔性への要請ないし期待に背馳するものと一般的に認められる事由であるところから、これを適格性欠如の顕著な徴表とみて、職員採用の欠格事由としたものと解することができるのである。

もっとも、そのような欠格事由のある者を一旦採用してしまった場合には、それだけの理由でただちに適格性を欠くものとしてこれを前記法条に則って免職処分に付することはできないであろう。けだし、右の事由があるからといって、その実質的内容いかんに拘らずつねに職務に必要な適格性が欠如しているものとはいえないし、また、同様の欠格条項が認められている国家公務員・地方公務員の場合に、欠格事由の発生によって当然失職するものと定められ(国家公務員法三八条・七六条、地方公務員法一六条・二八条四項)、欠格条項に該当する者の任用行為が当然に無効と解されているのに対し、国鉄法にはそのような定めがなく、前記職員管理規程七条の定めは、職員の雇用ないし採用についての内部的準則にすぎないとみられるからである。したがって、このような場合には、看過された欠格事由の内容等諸般の事情を総合的に考察して前説示のごとき適格性の欠如が認められるかどうかを実質的に判断するよりほかはないといわなければならない。

そこで以下、右のような見地に立って本件事案について考えてみるに、昭和四六年一一月沖縄で行われた沖縄返還協定批准反対の県民総決起大会後の集団示威行進に参加したことに関連して、申請人が、同四八年三月一四日那覇地方裁判所において兇器準備集合罪により、懲役一年執行猶予二年の有罪判決を受け、これに対して控訴したが、同年九月二六日福岡高等裁判所那覇支部において控訴棄却の判決を受け、これが確定したことは当事者間に争いのないところ、≪証拠省略≫を総合すれば、次のような事実が一応認められるのである。

(一)  申請人が右判決において有罪とされたのは、昭和四六年一一月七日那覇市内で開かれた中核派や第四インター等の共催による「一一・七決戦勝利大政治集会」に参加し、その席上で同月一〇日の闘争方針として機動隊殲滅・暴動決起の連帯決議がなされたのに伴い、翌八日午前一時頃から午前四時頃までの間、氏名不詳の者数名と共に、那覇市内の中学校の理科教室において、同月一〇日同市内で開催される復帰協主催の「沖縄返還協定批准に反対し、完全復帰を要求する県民総決起大会」後引き続き行われる予定の琉球列島米国民政府前までの集団示威行進に際し沿道において警備に当る琉球警察警備部隊の警察官等の生命、身体または琉球政府の財産に対し、共同して害を加える目的をもって、火炎瓶約三〇〇本の兇器を製造して準備し、更に右一一月一〇日には、第四インターの一員として終始右大会から集団示威行進に参加し、前記両派の混成集団の先頭で段ボールに入った火炎瓶を持ち運び、旧一号線において自らも火炎瓶を投擲した、との事実によるものであるが、右火炎瓶事件は、前記県民総決起大会が数万人の参加者を得て平穏裡に終了し、引き続き集団示威行進に移った際に、主催者から右大会への参加を拒否されていた申請人らの過激派集団がこれに紛れ込み、ことさらに混乱を生じさせる目的をもって警備にあたっていた機動隊員らに対しゲバ棒を振ったり、火炎瓶を投擲するなどしたというものであって、このため、集団示威行進は大混乱に陥り、行進を中止して解散することを余儀なくされ、またその衝突の際に、警備の警官一名が火炎瓶の炎を浴びて死亡する事態まで発生するにいたった。

(二)  ところで、申請人は、昭和四三年三月兵庫県立山崎高等学校を卒業し、同年四月大阪市立大学商学部に入学したが、同四六年二月ころ同大学に在籍したまま沖縄へ渡り、現地で知り合った者らと共に、東阪建設の名称で、大工の手伝いや資材運搬等の仕事に従事したのち、同四八年六月三〇日付で大学を中退した。そして同年一一月帰阪したが、そのころたまたま国電の中で職員募集の広告を見かけたことから、同年一二月より同四九年一月にかけて行われた昭和四九年度国鉄一般職員採用試験に、高等学校の過年度卒業者(同年三月高等学校卒業見込以外の者)として受験することとなった。

(三)  しかしてその際、申請人より被申請人に履歴書その他の必要書類が提出されたが、その履歴書の賞罰欄には「なし」との記載がなされ、学歴欄には「昭和四三年三月兵庫県立山崎高等学校」との記載があるだけで大学中退の記載がなく、また、職歴欄には「昭和四三年八月東阪建設入社、同四八年一一月会社倒産のため退社」との記載がなされ、更に、同四八年一二月二三日に行われた面接試験の席上、右履歴書の記載内容についてこれを確認する趣旨の質問を受けた際にも、格別これを訂正するようなこともなかったため、被申請人においても、履歴書の記載内容のとおり申請人に何らの前科もなく、また、その学歴も高校卒であると信じて申請人を採用することに決定した。

(四)  しかるところ、申請人が、正職員に登用されてから一八日後(臨時雇用員として雇用されてから八ヵ月足らずの後)である昭和四九年一一月一八日、フォード来日訪韓阻止全国統一実行委員会が主催して東京都太田区内の仲蒲田公園で開いた統一集会とその後引き続き行われた集団示威行進に参加した際、警備にあたっていた機動隊員に対し竹ざおで攻撃を加えたとして、他の多数の者と共に公務執行妨害・兇器準備集合罪の現行犯で逮捕され、同月三〇日まで勾留される事件が生じたことから(ただし、申請人については同年一二月二五日不起訴処分がなされた)、警察の連絡によって前記沖縄での前科が発覚し、やがて本件免職処分がなされるにいたった。

しかして、以上のような事実関係からすれば、申請人が、被申請人に採用された時点においてはもちろん本件免職処分の当時においても前記欠格条項に該当していたことは明らかであり、しかも、その欠格事由の内容である前科は極めて反社会的性格の濃厚なものといわざるを得ないばかりでなく、申請人はことさらにこれを秘匿し、また、学歴・職歴をも詐称して被申請人に雇用されたものであり、かつ、その後間も無く、同種の事件に関係して逮捕勾留されたものであって、これらの諸事情をあわせ考えるならば、本件免職処分当時、申請人は国鉄法二九条三号にいう「職務に必要な適格性」を欠く者に該当していたと認めるのが相当であるとともに、被申請人が同法条に基く降職処分を選択することなく、免職処分を選択したことについても、何ら裁量権の逸脱はないといわざるを得ない。

二  以上の考察によれば、本件免職処分は有効になされたものであって、これが無効であることを前提とする申請人の本件仮処分申請は、被保全権利の存在について疎明がないこととなり、かつ、保証をもって右疎明に代えることも相当でないから、これを却下することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 香山高秀 奥林潔)

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